私は病院歯科で勤務しており、患者さんが入院した時に医師からの依頼を受け、本人にご同意いただいた上で、手術前後に口腔ケアを行なっています。今回は、これについて日々思っていることを書いてみようと思います。
口腔ケアを行う際には、口腔内を清掃するだけでなく、入れ歯をお使いの方がいれば、ブラシなどを使って清掃した後に専用の薬液を入れた超音波洗浄機できれいにします。
しかし、たまに入れ歯は入院するから家に置いてきたという方がいらっしゃいます。
理由は主に2つあるようです。1つ目は普段からあまり使っていないから。このような方は退院後に必要性を感じたら、かかりつけ医やお近くの歯科医院にご相談ください。
2つ目はお腹の手術であまり食べられないと思ったから。そういう方でも入れ歯の使用頻度や不具合についてお尋ねすると問題なく使っているとのこと。これはもったいないなと感じます。短期入院ならまだしも長期入院になる可能性がある場合には、体調次第ですが、たとえ絶食の期間があったとしても、なるべく入れ歯を使っていただきたいです。入院中は免疫力が下がっていることも多いので、誤嚥性肺炎のリスクも高まります。そのため、いつも以上にお口の中を清潔に保ち、入れ歯もきれいにした状態でお使いいただくことが大事です。
また、手術の前後では多少なりとも体重が変化し、それに伴って歯茎が痩せてしまうことがあります。せっかく問題なく使っている入れ歯が、入院によって合わなくなってしまうことはなるべく避けたいところ。食物を口から摂取することがなくても、日中入れ歯を使うことによって、歯茎に刺激を与えることはもちろん、入れ歯の不具合にも気づいていただくことができます。入れ歯を外している期間が長く、入れ歯のバネがかかっている歯がグラグラしていると、歯が動いてはまらなくなってしまうこともあります。そして何より入れ歯を入れていると面会に来てくれたご家族とにっこり笑って会話することができます。ご存じのとおり、笑顔には周囲を明るく、元気にする力がありますので、ご家族の心配の大きさを減らすことができるかもしれません。ですから私は入れ歯を家に置いてきたという方には、なるべくご家族に持ってきてもらうようにお願いしています。入れ歯を忘れずに持ってきた方にも、「手術の時にはもちろん外しますが、それ以外はなるべく入れていてくださいね」とお伝えしています。できる限り入院時にもご自宅と同じように過ごしていただきたいなと思っています。
一方、ご高齢の患者さんで注意しなければならないのは認知症傾向のある方です。あまりにも入れ歯を外している期間が長いと、ない方がラクに感じてしまうことがあるようです。時には入れ歯を入れること自体を忘れてしまい、いざ、ご家族や病院スタッフが入れ歯を入れようとしてもご本人が拒否してしまう、なんてこともあります。入れ歯がなくても、上手に食物を潰して食べられる丈夫な歯茎をお持ちの方や柔らかいものをうまく飲み込む方もいらっしゃいます。決してそのような方を否定するつもりはありませんが、食べ物を咀嚼(食物を口に入れ、粉砕し唾液と混和し嚥下できるような食塊を作る過程)して胃の中に送ってあげることはお腹に優しく、食を楽しむことにも繋がります。
病院歯科の勤務医として、入院なさった方にはお体の回復とともにきちんと食事が摂れる状態になって退院していただきたいなという思いがあります。いつ病気が見つかって入院するかなんて誰にも予測ができません。お近くに思い当たる方がいらっしゃるなら、『その入れ歯ちゃんと使えてる?』と尋ねてあげると、重い腰を上げて『久しぶりに歯医者に行ってみようかね。』というおじいちゃんおばあちゃんがいるかもしれません。ぜひ皆さんも大切な人の入れ歯を気にしてあげてくださいね。
新潟市歯科医師会 総務部 滝沢 智子